私のマーヨンなご近所[セブ島通信5月号]
水野
姑が足にケガをした。どうしてケガをしたのかは例によって例のごとく姑の話ではまったく理解できないし、そもそもいつケガをしたのかさえもよくわからないが、傷口が膿み、パンパンに腫れ、歩くことに支障が出てから初めて私を呼びつけ、下唇を突き出し、足を出してみせる。
なぜこんなになるまで放っておいたのだ?と言えば、更に口を尖らし、いきなりこうなったと大きな声で主張するがそんなわけはない。
姑とも長い付き合いなので、いちいち正論を言ったところでどうにもならないことは身に染みているので黙って傷の手当てをする。まずは傷を水で洗い、消毒し抗生物質をつける。
3日くらいでだいぶ良くなる。するともう手当は無用とまたフラフラと出歩く。それからしばらくすると、また同じ傷が膿むということを、ここ何カ月が繰り返している。
「病院に行こう。」と言ったが、今の時期はまちがいなくコロナ感染者にされると真面目に答える。それに姑は大の注射嫌いである。病院に行けば注射もされるかもしれないと本気で恐れていている。
そんなことを言っている場合ではないだろうと思うが、どうにもならない。
せめて外出禁止にして、これ以上、悪化させないように言いつけた。そもそも年寄りは外出禁止なのだと散々言っていたが、これまた言うことを聞かずウロウロしていたのだが、今回は本人も相当に痛いようで、しばらくは大人しく家にいた。
しかしいざ家にずっといるとなれば、これはこれでなかなか大変だったりする。特に食事。はるか以前には、一緒に食卓を囲み食事をしていたのだが、好き嫌いが激しすぎるのと、自分の食べたい時に食べたいものを食べたい分だけ食べるというライフスタイルのため、なにがしかを渡し、自分で食べてもらう方がお互いに幸せであると気が付き、そうしていた。
が、今は歩くのもままならないし、外へ出るなと言いつけている以上はこちらで用意しなくてはなるまい。
魚がいいというからその辺の食堂で買ってきたら、この魚は臭いから食べないという。魚は新鮮だと匂うと言い張る。それではと野菜炒めを買ってくると、汁をご飯にかけるだけで野菜にはほとんど手を付けない。
肉類は体に悪いから食べないと自ら言っているが、野菜炒めに入っている豚肉の油のところはこっそり食べている。
姑のためだけに買ってきたおかずなのだが、こんな具合にほとんど手をつけない。これでは体がもたないと心配をしていたのだが、私が仕事に出かけた後にお菓子を食べているそうだ。
いい加減にこちらも疲れてきていたが、姑の傷はちっともよくならない。いやそれどころか明らかに悪化している。これは単なる傷ではなく糖尿病が原因ではないかと言ったら、顔を真っ赤にして「ちがう!」と怒り出す。
病院に行くよう再度言ってみたが、どうしても首を縦に振らない。そこで近所の親戚一同に集まってもらい、みんなで説得してもらったらようやくその気になり翌日、姑の妹にも付き添ってもらい病院に行くと、やはり重度の糖尿病で、即入院ということになった。
有無を言わせず入院をさせたが一週間弱の入院で新車のスクーターが買えるくらいかかった。保険とシニアの割引をしてもらってもこの金額である。ちょうどバイクを新しく買おうと思っていたのでいろいろと考えてしまった。
しかし、今まで「私は糖尿病ではない!」と言い張っていた姑。血糖値など一度も測ったこともないのだろうが、毎朝、アリがたかるようなコーヒーを飲み、ごはんの代わりにお菓子を食べているが、体はほとんど動かさないので、そんなわけはないだろうとは思ってはいた。
しかし退院してきてからも相変わらず偏食で、ご飯は食べずにマンゴーやバナナを買ってこいと息子たちに言いつけている。フルーツなら体にいいと思っているらしい。しかし何を言っても聞かないので、好きにさせている。
先日、近所のおばあさんが亡くなった。姑より少し年下くらいで、恐らく何代か前でつながっている親戚筋である。乳がんだという話は聞いていたが、朝夕に散歩をする姿はついこの間まで見かけていた。
それが三日間くらい目を覚まさないという話を聞いたその日に亡くなった。集落の小さな教会でお通夜が行われていたので、お悔やみに行ったが、やはりコロナ禍で本人は病院に行くのを嫌がっていたそうだ。
しかし人間は必ず死ぬ。病院に行ったところでそのおばあさんにしても、もしかしたら今回は持ちこたえたかもしれないが、ガンが完治することはなく、どちらにしても長くはなかっただろう。
姑にしても、たまたま新車のスクーターが買えるくらいの金額を用意できたから入院をさせたが、金銭の余裕がなければそのまま自宅で衰弱していくだけだったであろう。しかしそれが不幸かといえば、長年こちらに暮らす中で、そうでもないのかもしれないと思うようになった。
朝食の支度をして呼びに行ったら、夜中に腹が減ったのでクラッカーを食べたからいらない、と言い放つ姑が今度具合が悪くなっても病院に連れて行くかどうかはまだ決めかねている。